かくかくしかじか 〰️50才からのワタシノクラシ

50才になりこれまでと違って心身の変化をはっきりと感じるようになり、これからは素敵な暮らしでなくても丁寧な暮らしでなくても自分が納得できる心も体も楽になれる暮らしを目指して日々奮闘中

食べる順番 私の時代来た?

私は子供の頃から食事に関してマナーのよろしくない食べ方になっています。


と言うのもとにかく白ご飯が大好きで白ご飯があればおかずはいらない位です。


あのもっちりとした食感、

素朴な味わいと甘み、匂い、


それらを他のおかずやご飯のお供などにに邪魔されたくない為と好きな物は最後に食べる派という事で


いつもおかずだけを先に食べて最後にゆっくりご飯を味わう習慣になってしまいました。


「みっともないから止めなさい」


いわゆる「三角食べ」をするように子供の頃に注意をされましたが


結局その習慣は変わらず、


結婚し夫の家族と同居してすぐにも


「おかずあげようか、ご飯が残ってる」


と言われ事情を説明するもやはり理解はされず(今ではみんな慣れてくれている)


人に気を遣わせてしまうんだなと反省したものです。


時は流れ、ダイエットの観点から食事は


野菜→汁物→タンパク質→ご飯の順番に食べるのがいいと推奨するのを見聞きし



私の食べ方よかったんだ〜❗



実際そんなに体重が増える事なかったななんて思って自分を肯定。



でもやっぱり許されるのは家での食事で、人との食事の時にはマナーを守って


意識して気を付けたいと思います



人生の振り返り 2

23才で結婚し隣県の夫の農家の実家にて


完全同居が始まりました。


結婚当時、私、夫、義母、義祖父(義母の父)、義弟


の5人家族、


その後長男、次男が誕生し一時7人家族


になりました。


農業含めた婚家の生活習慣に慣れる事、


家族との関係性、村という社会からの


様々な洗礼に苦しみ、そこにきて、


長男の障害(発達障害)が分かり、それでなくても初めて


子供で慣れない育児なのに特別な療育を受けに行く


日々、いじめ、不登校・・・


30代いっぱいは人生で一番辛かった時期と言えます。


それでも40代になるとこれまで多くの皆様に


助けられてきたお陰で何とか落ち着いてきて


今49才まで生きて来られました。


自分よりももっともっと大変な人生を


歩んで来られた方も多くいると思いながらも、


もうここまで十分頑張ってきたんだから、50代からは


過去を取り戻すべく楽しく生きるぞ!



そう思うこの頃です。



人生の振り返り 1

私は3人兄弟の末っ子、上は兄二人


そんな私達3人を残して私が9才の時、母が病気で他界しました。


それからは、当時既に74才になっていた父方の祖母が一緒に暮らしとても大切に私達の面


倒をみてくれました。


そんな祖母を不憫に思った叔母(祖母の娘)が頻繁に我が家を訪れ、私は女の子だからと


友達と遊んでいても手を引いて家に連れ戻され家事をするよう言われ教え込まれました。


小学生の私にとって叔母は当時恐怖でしかなかったです😢(今は感謝してます)


中学生になって給食でなくなってからは毎日自分で兄の分と3個お弁当を作っていました。


高校2年生の夏休みに祖母が倒れ入院。入院中当時付き添いが必要だった為、私が部活を休


部し病室で祖母の横に簡易ベットを借り一ヶ月食事排泄のお世話をしました。


初めての介護。


退院後は朝学校に行く前に祖母のお昼や飲み物を枕元において登校、帰るとおむつ替え、夕


食の準備。今で言うヤングケアラーでした。


そんな様子をみて叔母と父が私と祖母お互いの事を考えて祖母を施設に入れることにしました。


私はお金の事も気になり進学を諦め就職。


そこで夫と出会い結婚。


自由な独身時代に遊ぶ事もやりたい事も出来なかったぁ




ざっとこれが私の結婚までの人生です



明け方の空を眺めた時にふと昔の事、家族の事を


思い出します。